今となっては乗らずのライダー歴ン年の私ですが、以前は、まとまった暇ができれば長距離ツーリングを決め込むハードなツーリングライダーでありました。北は北海道から、本州、四国、九州、さらには沖縄までバイクで走らなかった都道府県はありません。(ドカだろうとビモータだろうと長距離ツーリングに使い倒しましたよ!)

 そういった経験の中での印象深かったエピソードをボチボチ紹介したいと思います。

 もう20年近く前。当時私はヤマハのVmaxに乗っており、ある日、発作的に、すべて下道で九州に行くことを決め、学生の気軽さで旅立ったのです。往路で山口県あたりを走っているときのこと。その日は朝からの雨にほとほと参りながら、周りはもう薄暗くなり始めているにもかかわらず、今日泊る宿がどうしても見つからない状況。雨の中、野宿することは避けたい。

 そこに一軒のうら寂れた食堂のような建物が目に入ったのです。薄汚れた看板には「ご宿泊」とかなんとか書いてある。もうこうなったら、屋根が付いてさえいえれば、どんなところでも大歓迎。私は喜び勇んで扉を開き、「すいません、今日停めてください」と声をかけたのです。

 建物は旅館というより小料理屋のようなつくりで、年老いた女性と30歳台くらいの女性がおりました。親子かな?老女は私を見ると非常に驚いたような感じで、急な来客に困惑しているような感じにも見えました。(いきなりキタネエかっこのオートバイ乗りが来たせいかな?)今日、泊るところが無くて困っているんです・・・と思いっきり同情をかうように振る舞い、結局、本日の寝床はここに確保されることになったのです。

 ずぶぬれだったので風呂に入り(普通の家庭の内風呂だった!)、出てみると、地元のおっさんたちが何人かきて、すでに一杯やっていた。ヨソモノの私も、物珍しさからか、呼ばれ、酒とツマミをごちそうしてくれたのです。私はおっさんたちの話には、ハアハアと適当に話をあわせてやり過ごしていましたが、地元の石工が「仏様の顔を彫るとき、いつも違う顔になる」とかなんとか言っていたのは、不思議と覚えております。そんなこんなで夕食というものは出なかったな。まあ、到着は遅かったし、素泊まりだと思えば不思議ではない。

 泊る部屋は飲み屋の2階で、風呂と同じく、普通の民家の一室という感じでありました。TVをつけてみると深夜にもかかわらず、東京圏では夜8時にやっているバラエティ番組が流れていました。(こういうところで、遠くに来たなあ・・・と感慨深い気持ちになります)

 まもなく私は日中の疲れで深い眠りにつきました。朝、目覚めて下に行くと目玉焼きかなんかの軽い朝食を用意してくれており、出かけざまに宿代をはらう段になると、5,000円だったことをよく覚えています。高いとか安いとかではなく、その場で適当に口から出したような値段であったことは印象に残っています。
 
 しかし変な宿だったなあ・・・

 カンのいい人はもう分かりましたね。この宿はちょんの間、とでもいうのかな、売春宿だったんですね。当時の私は最後まで気が付きませんでした。後から、そういうものを知って、そういえばあの時泊った宿は!と思い出した次第です。

 宿が無くて男同士、ラブホに泊った、という話は結構聞きますが、ちょんの間にやらずに泊って帰った、という猛者はそういないのではないでしょうか。